病院から抜けて来てもらった。
まだ目を覚ます気配はないらしい。
しかし彼女が目を覚ましたからといって
僕を理解出来るかは定かでない。
以前母が話していた。
母が病院へいく度に祖母にこう言われるのだと。
「こうくんが家で泣きよるけん、
はよ帰らないかんけん、、」
いつしか寝たきりになった祖母の意識は
遠い過去を遡り、僕が5歳の頃にあるのだという。
日に日に成長を重ねる幼き孫の姿…。
きっと彼女が人生で一番幸せだった時かもしれない。
僕はいつまでも彼女の中で特別に存在しているのだ。
そんな事を考えると、今僕の傍で寝ている彼女は
病人ではあるけど、幾分穏やかに映った。
この日を祝福してくれているのは彼女だけではない。
両親は勿論、弟、親戚までが集まっている。
けれど不思議と”特別”な空間ではない。
普通にテレビが映し出され、こたつの上にはみかんも見える。
食卓は飾られず、まだ幼い従兄弟があたりを走り回る。
そんな風景に君は馴染んでいる。
”その間”君に何があったのかは知らない。
でも随分見ない間に地味になってしまったな…。
そんな事を思う。いや、皮肉ではないんだ。
それ以上うまい言葉が見つからなくて。。
君が君である事は間違いなさそうで…。
皆祝福してくれるのに、
僕たちだけは束の間の休息を演じている。
ここに辿り着くまで僕は随分遠回りをしてしまった。
その代償は大きく、君は帰らなきゃいけない。
隙間なく寄せた身体から伝わってくるのは、
側にいられる喜びではなく、
離れなければならない事への切なさだ。。
君は最後まで気丈に振る舞った。
もう二度と会う事はできないのに
「また」
とだけ残して去っていく。
僕には返す言葉が見つからない…。
(初稿2007.3.10)
*
今朝旅立った祖母へ捧ぐ…